山田邦子は乳がんだった?ステージは?病院は?現在は再発してない?

今の時代、二人に一人は癌になるといわれているほど癌になる人が多くなっているようです。生活が豊かになり生活習慣病がきっかけで癌に侵されてしまう方も少なくないのではないでしょうか。その分医療も発達していますが、日々の忙しさで健康を後回しにし発見が遅くなってしまうケースもあるかもしれませんね。

もちろん一般の方に限らず、芸能人の方も癌を発症してしまった方が多くいます。今回、女芸人の山田邦子さんの病についてまとめました。

 

山田邦子は乳がんだった?ステージは?

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山田さんはどのように癌をみつけ、早期発見はできたのでしょうか?

全速力で駆け抜けた「オレたちひょうきん族」の終了からおよそ20年が経過し、山田は40代半ばになったころ、医療をテーマにしたバラエティ番組に出演したことで初期のがんを発見した。

がんは右胸に2個、いずれもステージ1。左胸には将来40%の確率でがん化する組織があり、これも切除することになった。2度の温存手術後、放射線治療を行いその後ホルモン治療を受けた。

運よく出演番組で乳がんを見つけたのですね。早期発見で本当に良かったと思います。

 

山田邦子の乳がんが判明したのは番組『たけしの本当は怖い家庭の医学』だった?

癌発見時、出演した番組はなんだったのでしょうか?

2007年3月、テレビ番組「たけしの本当は怖い家庭の医学」で、「乳がんのチェック法」を出演者みずから試すことになった。
ゲストに迎えられた乳腺外科の土井卓子(たかこ)医師は、「軟らかい肉まんを指の腹で押して、硬い梅干しの種にコソッと触る感じ」と説明。番組収録中におやっ?と思い、自宅で改めて乳房を押すと、右胸に“種”を感じた。
朝一番で土井医師に連絡して検査を受けたところ、初期の乳がんと診断。

たけしの家庭の医学は今現在も放送されている長寿番組ですね。最近テレビを見ていると医療番組がたくさんあり、限られはしますが自分ですぐに病気の疑わしい初期症状などを確認することができますよね。私もテレビを見ているときは必ず試したり、症状がないか確認するようにしています。

 

山田邦子は乳がんで通った病院はどこ?

番組でしこりを発見しその後通った病院はどこだったのでしょうか?山田邦子さんのインタビュー記事を見ていきましょう。

「テレビ番組でご一緒した国立病院機構横浜医療センターの土井卓子先生のご紹介で、聖路加国際病院の中村清吾先生にお願いしに行きました。ところが中村先生はお忙しいということで、同じ科の矢形寛先生が主治医になったのです。ショックでしたね。大きな病院はたらい回しするのかと思いました。」
最初はひどく不安だった。その不安に拍車をかけたのが、検査続きの日々だった。すぐにでも手術してほしいと山田さんは焦れるのだが、いつまでたっても検査しかやらないのだ。

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「結局、検査が始まってから手術までに2ヵ月近くかかりました。ただ、その間、矢形先生はじっくりいろいろな話をしてくれ、すぐに切らないわけも的確に説明してくださいました。ですから、最後に先生が『手術のときは中村先生も入りますよ』とおっしゃった際、私は『矢形先生に(執刀を)お願いしたいんです』と言ったのです」

山田さんが「絶対に矢形医師に手術してもらいたい」と思ったのは、検査結果がほぼ出揃った1ヵ月半の時点だ。

その人にとって最善の治療法にたどりつくまで、とことん調べ、患者にも納得してもらう—これが矢形医師の方針だ。それは山田さんにも伝わった。だからこそ、彼女はこう言う。
「もう恋愛みたいな感じ。『先生のことが好きになっています』と言ったら、『多いですよ、そういう方。患者さんでね』と笑っていました。先生は腕が確かで、なおかつ私にとっては相性がぴったり。これこそが名医の条件だと思います」
たとえ世界的な名医であっても、相性が悪ければ「絶対にダメ」だと、山田さんは言うのである。

病院は医療番組で紹介された病院「聖路加国際病院」に行かれたようですね。

初めての経験で不安も大きく、評判のいい名医に見てもらいたい気持ちは誰だってありますよね。医者も心を持った人間なのでそれぞれの患者さんとの相性もあり、気持ち的にも救われる部分があることを山田さんは教えてくれています。

私にも風邪などで病院に通った際、本当に患者さんのことを思って接してくれているなと思える先生がいます。正直そんな先生は多く巡り合えていませんが、山田さんは相性のいい先生に本当にタイミングよく出会われたんですね。

 

山田邦子の乳がんは現在は再発してない?

癌は五年以上再発しないとその後の生存確率がぐんと上がります。2007年に癌を発見しそれから11年経過しましたが山田さんは今どうしているのでしょうか。

山田邦子さんの乳がん治療は2012年8月29日に終了。診断から5年間もの長い間、闘病生活を送っていました。担当の先生から「あなたの5年間は勇敢でした」と表彰状が贈られたそうです。

山田邦子さんは女性誌のインタビューで今後の活動について話されていました。

「検診しましょう、早期発見しましょうと伝えることが私の使命。こんな私でも何か役にたつことがあるんですよ。私はがんを公表して、皆さんに知ってもらって本当に良かったと思います。いろいろな方たちに助けられた5年間だったので、これから返していかないと。最近若くなったとよく言われます。ミニスカートもはいてるし、どんどん元気になっちゃって、私ってどうなっていくんでしょうね(笑)」

これだけの経験をされた彼女のこれからの人生はとても華やかなものになっていく予感がしますね。当たり前にあるとおもっていた時間が突然自分の目の前からなくなろうとしていたら、と思うと健康管理は本当に大事だなと思えてきます。彼女からのメッセージは胸を打つものがあります。日々の忙しさを言い訳にせず、山田邦子さんの経験を無駄にしないためにも定期健診は欠かさず行っておきたいですね。

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