石川さゆりの結婚歴は?相手はどんな人?娘の佐保里の画像が話題?

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演歌歌手の石川さゆりさんの結婚歴はどうなのでしょうか?また、相手はどんな人なのか、娘とCM共演しているとの情報もあったので詳しく調べてみました!

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石川さゆりさんは、1976年に発売されたアルバムの中に収録されていた、「津軽海峡・冬景色」がシングルのカットで作成された曲が、石川さゆり自身の大ヒット作となりました。

そして「日本レコード大賞」では歌唱賞などで数々の賞を受賞され、年末に行われている「NHK紅白歌合戦」にも石川さゆりさんは、念願の初出場を果たされました。

その後の石川さゆりさんは、1980年代に入る際には、「天城越え」も発売され日本の代表なさる女性演歌歌手の1人と上り詰めました。

そして、石川さゆりさんは1981年に結婚されました。元夫・馬場憲治さんとの結婚の馴れ初めは、石川さゆりさんと馬場憲治さんは、歌手とマネージャーの関係でした。

芸能人の方は比較的に、マネージャーと結婚されるという方は多いですね。

理由からしては、同じ時間を多く一緒に過ごされ、スケジュールで生活状況など細かく知っているパートナーになります。そして、そこから恋愛に発展されるのはごく自然なことだと思います。石川さゆりさんは、1984年に第一子の長女も生まれました。

しかし、1989年には離婚されてしまいます。そんな石川さゆりの離婚の原因については、嫁姑関係からの噂が上がっています。石川さゆりさんは、子供を出産され翌年からは、馬場憲治さんの義実家で家族と住み始めました。

ですが、義実家で住んでいたのは、馬場憲治さんの両親だけではなく、兄弟の4家族で13人が一緒に同居するという生活でした。

そんな石川さゆりはんは、馬場憲治さん一家に歌手活動を認めてもらうため頑張っていましたが、石川さゆりさんは、嫁、妻、母としても頑張りすぎて、疲れ心が折れてしまい、行き詰ってしまったそうです。

そして、義母さんからは泊まりの仕事はしてはいけないと、言われてしまいます。ですが、2日連続の地方公演のお仕事があった石川さゆりさんは、日帰りをして通ったそうです。そしてさらに、石川さゆりさんは結婚されてる間は、石川さゆりさんの実家は、神奈川県でそう遠くないのですが、一度も里帰りをしなかったそうです。

一般的に考えてみると、実家にも顔を出したいはすですね。しかし、結婚生活も義実家での生活をされ、義親だけではなく、兄弟家族との生活も大変なのがわかります。それも踏まえると確かに、離婚したくなる気持ちがわかります。

ですが、石川さゆりさんの過去には、不倫も話題になっていました。石川さゆりさんは、1981年に馬場憲治さんと結婚され、喜多嶋修さんは1970年に女優の内藤洋子さんと結婚しています。しかし、1991年にW不倫されていることが週刊誌にて、明るみになってしまいました。

石川さゆりさんと喜多嶋修さんの、知り合ったきっかけと出会いは、W不倫の発覚される数年前に、石川さゆりさんのアルバムをプロデュースを手掛け担当していたのが、喜多嶋修さんでした。

そして週刊誌では、レコーディングの際にも、石川さゆりさんは、夫の馬場憲治さんと子供がその場に、いる前にもかかわらず、石川さゆりさんは喜多嶋修さんに甘え、べったりだったと書かれていました。

そして不倫当時は、喜多嶋修さんの拠点はロサンゼルスでしたが、石川さゆりさんと国境を越えても、愛を育んでいたそうです。

その際、石川さゆりさんは1989年に離婚されました。しかし、離婚の原因はW不倫ともいわれていたそうです。そして、石川さゆりさんは「オシャレ3030」のテレビ番組に出演され、トーク番組では司会者に対し、石川さゆりさんが怒りを爆発させた場面があったそうです。

怒りを爆発された原因は、喜多嶋修さんの話題になった時でした。司会者が何気なく「喜多嶋修さんは内藤洋子さんのご主人ですね」と話をされ、石川さゆりさんに話を振りました。しかし、そこで石川さゆりさんは、「私、そういう言い方は嫌い!」と怒りをあらわにしていました。

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しかし、この放送の時点では、まだW不倫が明らかになる前だったこともあり、視聴者などからは、なぜいきなり石川さゆりのさんが、怒ったのかよく分からなく、理解ができていませんでした。ですが、W不倫が明るみになり、視聴者などは、ようやく怒った内容がわかりました。

そして、石川さゆりさんはスキャンダルされても、心が折れることなく堂々とされ、1984年からは、紅白連続出場を継続されています

嫁姑問題や、W不倫で離婚となってしまった石川さゆりさんは、その後は結婚されていないことから、バツイチという結婚歴になっています。

 

石川さゆりの結婚相手はどんな人?

石川さゆりさんの、元旦那さんの馬場憲治さんは、「所さんの目がテン」放送開始当初のレポーターなどされており、知性派でコミカルな二面のキャラで絶大的に人気をえました。

そして、馬場憲治さんはレポーターの他にも、マネージャー、フリーライター、カメラマン、タレントと現在もマルチに活動をなさっています。

そんな、馬場憲治さんは大学卒業されてからは、ホリプロに入社され、当初は演歌歌手の森昌子さんの付き人をされ、石川さゆりさんの宣伝マネージャーを務めて、ホリプロを退社された後は、フリーライターとなりました。

その後は、編集の仕事で学んだことを生かし、カメラマンとして活躍しました。1981年に「アクション・カメラ術」を出版され、ベストセラーを記録されました。その際に、高額納税者としてもランキング入りを果たされました。

そして、2001年から1年半は、高校時代の同級生だった塩崎恭久さんにお仕事を頼まれ、公設第一秘書を務めることになりました。現在の馬場憲治さんは、京都府の情報通信会社の社外取締役を務めるなど、Yahoo!セカンドライフのサポーターとして執筆活動を行って活動されています。

馬場憲治さんは、その他にもテレビ番組など、ラジオ番組でタレントとしても活躍されており、久米宏さんのラジオ番組「土曜ワイドラジオTOKYO」では取材兼リポーターとして活躍され、日曜朝の情報番組「徳光和夫のTVフォーラム」に出演あsれていました。その際には、198910月スタートされた「所さんの目がテン!」では、鈴木君枝さんとともに初代リポーターとして活躍をされていましたね!

馬場憲治さんは、石川さゆりさんと離婚してしまいましたが、仕事も順調で大忙しな生活を送っているのがわかりますね!

 

石川さゆりの娘・佐保里の画像が話題に?

石川さゆりさんは、1984年に女の子を出産されました。子供の名前は、佐保里(さほり)さんです。そんな、石川さゆりさんは、1989年に馬場憲治さんと離婚をされています。その後は、女手一つで佐保里さんを育ててきました。

佐保里さんが、まだ小さい頃に、母親の石川さゆりさんと本に一緒に載ったことがありました。

まだ小さい頃の佐保里さんは石川さゆりさんに抱かれ、石川さゆりさんの表情はとても、笑顔で抱かれていました。母親の表情をされていた石川さゆりさんを見るのも、レアな感じがして、とてもよかったですね!

そして、佐保里さんは現在34歳になっています。

実は佐保里さんと石川さゆりさんは本だけではなく、CMで親子共演をされていました。本の時は、まだ小さい頃でしたが、CMでは、大人になった佐保里さんが出ていました。

CMでは、3秒ほどでしたが石川さゆりさんに似て、とても綺麗な方なのがわかりました。佐保里さんは、それ以降は特に芸能界に入ったなどの情報や、出演の話は出ていないそうです。

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