中川翔子の父親・中川勝彦の死因は?メールが来た?スキャンダル画像が話題に?

Pocket

「しょこたん」こと中川翔子さんの父親である中川勝彦さんはどんな人だったのでしょうか?また、中川翔子さんは父の他界後、不思議な体験談をしたそうなので詳しく調べてみました!

中川翔子の父親・中川勝彦はどんな人だった?写真はある?

スポンサーリンク

中川翔子の父親は、芸能界ではかなり有名な方だったそうですね。

中川 勝彦(なかがわ かつひこ)1962年7月20日 生まれ東京都出身のマルチタレント(ミュージシャン・歌手、俳優、声優)主に1980年代に活動しておりました。中川翔子さんの父親もマルチに活躍するタレント兼歌手でした。

写真でも見てわかるように、ルックスではもちろん芸能界でもかなりの色男漂う方でした。中川勝彦さんは、会社社長の長男として誕生しました。裕福な少年時代を過ごされたそうです。

文京区立第六中学校卒業後1978年、慶應義塾高等学校に入学しました。

そこでバンド活動を始めたそうです。1980年の高校3年の時に、NHK「ヤングミュージックフェスティバル」に出場し、デビューのきっかけとなりました。

慶應義塾大学進学後(後に中退)も映画『ねらわれた学園』や『転校生』などに出演して、絶大な人気を果たしました。

 

中川翔子の父親・中川勝彦の死因は白血病?

中川翔子さんの父親である中川勝彦さんは、1992年9月に急性骨髄性白血病を発症しましたが、9ヶ月の闘病生活を経て復帰を果たしました。

しかし残念ながら、その2年後の1994年9月17日に急性骨髄性白血病が再発し、32歳の若さで亡くなってしまいました。ですが、骨髄移植により治癒する可能性があったそうですが、家族全員を調べても型が一致する人はおらず、最後に残ったのが娘の中川翔子さんでした。

中川翔子さんを調べようとした際に中川勝彦さんは、「自分の命を助けるために、小さな翔子の体に負担をかけたくない」と言い、骨髄検査を断っていたそうです。

当時中川翔子さんは9歳でした。「怖いからやりたくない」と中川翔子さんは自分が断ったと記憶していたそうです。

ですが、実際には父親が自ら断っていたことになりますね。

その真実を後になって知った中川翔子さんは、「自分のことを、そんなに考えてくれているとは知らなかった」と涙ながらにコメントしていました。

そして、中川勝彦さんは生きてた頃、ファンや知人に対しても、自身の病状の詳細について話さず、知らせませんでした。

そのため、突然の訃報を聞いたファンや知人たちは、大きなショックを受けました。中川勝彦さんは「自分のことで他人に心配や面倒をかけたくない」という気持ちを持っていたと思いますが、その気遣いが一層ファンや知人達には悲しい気持ちにしました。

中川翔子さんは、父親の中川勝彦さんの思いを振り返り、「父は家にいなかったので『母を悲しませて許せない』と思っていました。思春期の頃の反抗期は、いない父に向かっていました。憎んで嫌っていました」と告白されていました。

そして、中川翔子さんは「気づけば父と同じ道に進んでいました。初めてコンサートをした場所が、父が歌っていた場所だったんです」と振り返りました。

歌手としても活動する中で中川翔子さんは、「たくさんの方が父のことを覚えていてくださって、声をかけてくださります」と笑顔で答えていました。

音楽プロデューサーの小室哲哉さんにも、「小室さんも父のことを覚えていてくださって、『よくご一緒させていただきました』と言ってくださり、びっくりしました」と明かしておりました。

みんなからとても慕われていたのがわかりますね!

 

亡き父親・中川勝彦から中川翔子はメールを受け取った?

中川翔子さんは元々霊感が強いらしく、いろんな恐怖体験を経験されたそうなんです。

テレビでも時々、自分の体験談を話しています。特に印象が強かったのが、亡き父である「中川勝彦さん」からメールが届いたという、体験談がありました。

スポンサーリンク

元々中川勝彦さんは、怪奇漫画や怖い話が好きな方で、幼い頃の中川翔子さんに「ゲゲゲの鬼太郎」や「楳図かずおさんの漫画」を与えていたそうです。そして中川翔子さんも怪奇系やオカルトが好きになっていきました。

また9歳の時に父を亡くしてから、身の回りで不可解な現象が次々と起こり始めたそうです。初めに、父が大事にしていた懐中時計の時刻が父の死亡した時刻で止まっていました。

我が家にいる時は、誰もいないはずの2階から足音が聞こえたそうです。締めきった個室で何故だか髪がなびくようでした。

中川翔子さんは、初めは怖くなったそうですが、徐々にその不思議な現象に慣れ始めたそうです。そして、そんな夏の夜に、我が家で眠っていると突然金縛りにあい、しばらくすると机の上に置いてあったPCの電源が勝手に入り、キーボードを打つ音が聞こえたそうです。

その数ヶ月後に、実際に開いた事のないメールソフトを何気なく開いてみると下書きに1件メールが入っていました。

メールに本文はありませんでしたが、件名に「katsuhiko」と、宛先に「nakagawakatsuhiko」と父の名前が入っており、下書き保存された日付は7月20日、父の中川勝彦さんの誕生日でした。

その後思い出してみると、金縛りにあいPCのキーボードを打つ音が聞こえた日も、なんと父である中川勝彦さんの誕生日だったようです。

母から、父はいたずら好きだったという事を聞かされていた中川翔子さんは、自宅で起こっていた現象も父のいたずらで、私達に会いに来てくれたんだと思っていたようです。

ですが、ある心霊番組でその話をしたときに、霊能力者の下ヨシ子さんが「お父さんなら、翔子さんを怖がらせるような事はしない、金縛りにかけるような事もしない。と断言していました。

その怪奇現象の真相は「女の霊」の仕業と言っておられました。その霊は非常に強いもので除霊をする事を中川翔子さんに勧めたそうです。

父から届いたメールも、悪霊の仕業だったと言われ、「父親からのメールだと思っていたのでショックです。」と悲しそうな顔を浮かべておりました。

女の霊が中川翔子さんの幸せになる邪魔をしていたそうで、そのせいで良い男性と出会えず巡り合えないと言われてました。言われてみれば、中川翔子さんはきれいなのに恋愛スキャンダルの話題がないですね!

除霊後は俳優である小澤亮太さんとの交際が報じられ、「中川翔子さんにもやっと彼氏ができた!」とファンが心配無用し喜んでおられましたが、小澤亮太さんに隠し子がいた事が露呈するなど、オフィスに強く反対され結局破局してしまったそうです。

除霊をしたはずなのに、中川翔子さんにはまだ悪霊が残っているのかもしれませんね。

 

中川翔子の父親・中川勝彦のスキャンダル画像が話題に?

中川勝彦さんが亡くなられてからから、17年経った2011年に、大スクープのスキャンダルが起きました!

それは、中川勝彦さんが妻ではない女性と行為をしている写真24枚が、とあるサイトにアップロードされた、とスクープになっていました。現在はそのウェブサイトは削除され、画像もネット上には存在していません。

父親のスキャンダルを知った当時の中川翔子さんは、ショックで9歳の誕生日に父親からもらった、形見とも言えるほど大事にしていた誕生日カードを捨ててしまったそうです。

ですが、そのカードは母親の桂子さんがしっかり拾ってあり、中川翔子さんに返し現在も大切に保管されているそうです。

中川翔子さんは、父親に対する思いや見方など、どう変わっていったのか、亡くなって20年以上経つ現在も、たまにtwitterで父親について言及しています。

「32歳 父の亡くなった年 ずっと自分の中で特別な歳 32までに何ができるか どうなってるのか ほんとに想像つかないぐらい遠い未来と思ってた 届いたかな? 父へ。」

小さい頃に父親の中川勝彦さんを亡くして、辛いことや、悲しいこともあった中川翔子さんですが、父親の存在や記憶はやはり特別なようですね。

中川翔子ことしょこたんのマミタスが!?

中川翔子こと、しょこたんの母親が超美人!?

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)